「第３回津谷裕貴・消費者法学術実践賞」
の受賞者決定について
平成30年1月26日更新
第３回津谷裕貴・消費者法学術実践賞につきまして、選考委員会における厳正な審査の結果、受賞者を次のとおり決定いたしました。授賞式および報告会の開催要領は→コチラ
■学術賞（２名）
〔受賞者〕丸山絵美子（名古屋大学教授）
〔対象〕『中途解除と契約の内容規制』（2015年、有斐閣）
〔理由〕継続的な契約に関する紛争には、中途解除をめぐるものが多い。法が任意法規としての中途解除権を用意し、中途解除ができることを尊重するのはなぜなのか、そこでは、当事者の意思とそれ以外の要素がどのように考慮されて契約規範の内容を構成しているのか。また、中途解除権が強行法規として導入される場合、当事者の合意によって中途解除の可能性を排除することができなくなるが、このような私的自治への介入は、どのような観点から正当化されるのか、さらに、中途解除の効果として解除者の損害賠償義務を法規範が予定する場合、ここでの損害賠償義務の趣旨・内容をどのようにとらえるべきか。これらは、一般私法、消費者法を通じて問題となるが、とりわけ消費者契約においては、任意法規であっても、これと異なる契約条項は消費者契約法10条、賠償額の予定は９条１号の規制に服し、特定継続的役務提供契約では消費者の中途解除権が強行法規とされており、その適用や解釈をめぐって多くの紛争が生じている。
本書は、これらの場面で生ずる問題群を整理し、信頼や無償性は中途解除権の根拠として十分でないという問題意識から、ドイツ法を参照して、契約の一方当事者の中途解除権を、�ー�任者に委ねた権利利益を委任者に回復すべきだという考え方と、�∧�や労働力の有効活用の考え方という二つの考え方によって基礎づけることを提唱し、価格の低額化と中途解除・不当条項規制との関係へと考察を深めている。契約類型を横断し、一般私法から消費者法に及んで、期間の拘束に対する法の対応がどうあるべきかを追究した研究であり、高く評価できる。
〔受賞者〕西内康人（京都大学准教授）
〔対象〕『消費者契約の経済分析』（2016年、有斐閣）
〔理由〕本書は、法による介入を正当化する経済的状況の分析が、わが国では十分に行われているとはいいがたいという問題意識から、アメリカにおける「法と経済学」の議論を紹介・分析し、そこで得られた思考枠組みがわが国の暴利行為や約款に関する分析に有用であることを示すことを通じて、消費者契約に対する法的対応への示唆を得ることを目的としている。
本書は、６つの章から成る。第１章では、わが国の暴利行為裁判例を２つの類型に分け、２つの類型の違いを生み出す経済状況の意味内容やその相互関係の理解が不明確であることを指摘したうえ、人間一般の合理性を仮定してきた新古典派経済学、および、これを基礎とした伝統的な「法と経済学」が、経済学に心理学を取り込んだ行動経済学によって大きな変化を受けているとし、行動経済学を基礎とした分析の有用性を指摘している。次いで、第２章では、「契約法の経済分析の基礎」と題して、「法と経済学」を理解するうえで重要な経済学の知識の整理を行い、行動経済学を「法と経済学」に導入するにあたってどのような批判説とこれに対する応接があるのかをまとめている。第３章では、「約款」の問題に関し、「法と経済学」による議論の紹介と分析を行い、第４章では、「消費者信用」の問題に関し、貸付の問題と、担保の問題に分けて、「法と経済学」による議論の紹介と分析を行っている。第５章では、日本法への示唆を考える前提として、「選択自由価値との交錯―予測能力への影響」を扱っている。最後に、第６章として、「日本法への示唆」として、暴利行為における「無思慮、窮迫」の要件は、行動経済学を踏まえた「法と経済学」で問題とされた情報非対称や合理性の欠如の問題とつながりうること、「交渉力」概念は情報と合理性の問題を中心に理解されるべきことなど、「法と経済学」が日本法に対して多くの示唆を与えることが、その限界にも言及しつつ指摘されている。
行動経済学を踏まえた消費者契約の分析の重要性は、広く認識されつつあり、まとまった研究書の出現が待たれていたが、本書は、これを成し遂げた著作として、高く評価できる。
■実践賞（１団体）
〔受賞者〕野洲市くらし支えあい条例の制定に貢献した皆さん
〔理由〕野洲市くらし支えあい条例（2016年６月21日成立、同年10月１日施行）は、消費者トラブルの解決およびその予防・拡大防止のための取組みを強化するとともに、生活困窮者等への支援を拡充し、あわせて、配慮を要する市民への見守り活動を強化するために制定された。
同条例は、消費者トラブルの予防・救済において、また、生活困窮者の自立の支援において非常に先駆的な取組みであり、中でも市内で訪問販売を行おうとする事業者を登録制としつつ訪問販売を望まない者への勧誘を禁止する制度の導入は、わが国では初めての試みであり画期的なものである。そのうえ、行政庁等への処分・指導要請、消費者安全確保地域協議会の態勢、事業者に地域見守りネットワークの一員としての役割を求める協定など、現場の声を踏まえた実効性確保のための工夫がなされ、極めて実践的なものとなっている。登録業者は2017年10月27日時点で554にのぼっており、また、消費者安全確保地域協議会には全国で初めて被害者情報が消費者庁から提供されるなど、同条例は着実に成果を上げつつある。
津谷弁護士は、「不招請勧誘規制なくして悪徳商法対策なし」との思いから不招請勧誘規制をライフワークとしており、法律のみならず条例による規制の重要性を訴え、地元秋田県においても、めいわく勧誘禁止条例制定をめざし活動していた。その道半ばで凶刃に倒れた津谷弁護士の精神を、野洲市くらし支えあい条例は全国で初めて実現したものであり、全国の自治体に実践例を示し、その活動を全国各地に広げるきっかけとなるものといえる。
